手紙 【後編】


●5

母様。

都に来てもう1年になりました。
最初の頃は毎日書いていた手紙ですが、近頃は多忙を言い訳についつい滞りがちで申しわけありません。 私は元気です。
今日あったことを順を追って報告します。

朝、親衛隊総監に呼び出され、叙任の通達を受けました。 そして騎士章を戴くために登城せよと告げられました。 つまり、女王陛下御自ら騎士に叙任してくださるので宮城へ来いとのお達しなのです。
なんと素晴らしい!
母様、驚かれましたか?
前々から、その内内定やら仮内定などの予告がありましたが、正式な決定はなかなかいただけませんでした。 決まらないうちに、そのことを母様に報せても、もし保留が続けば、ぬか喜びになってしまわないか。それが嫌で黙っておりました。
そのあいだずっと、今か今かと叙任を心待ちにして、早く母様に報告したかった、この私の焦れる気持ちがおわかりになりましょうか?

宮城の衛士として何度も立った門を、正面から堂々とくぐるのは初めてです。
いつもの衛士用の通用門から入るのとは違います。普段とは逆に、門に立った衛士が礼をし、私が返礼するのです。 なにか自分が誇らしげで、偉くなったような気がしました。
謁見場に入るのも初めてです。
「鏡の間」と呼ばれるその謁見場の荘厳さに、圧倒されました。壁と柱は微妙に違った銀色の細工と様式で彩られ、高い天井と床は真っ白。まばゆいばかりの部屋です。 どこからどこまでが床なのか天井なのか。それこそ何もない、無の空間に浮かんでいるような錯覚を覚えます。 マッカサルの館にも謁見場はありますが、その100倍も広く感じました。
どこかうわのそらだった私も、一点の汚れもない白い絨毯に片ひざ立ちで控えているあいだに、だんだんと、叙任されるのだという実感がわいてきました。
いよいよ女王陛下に謁見できるのです。

ああ、母様。
子どものころのある日、母様は、私には母と言えるかたは2人おられるとおっしゃいました。
母様と、女王陛下。
私の遺伝子は父様と、女王陛下それぞれから半分ずつ戴いたものだと。 連合王国の地方領主・騎士は、盟約により女王陛下の半複製として生まれる。そう教えていただきました。 父様も先代の女王陛下から遺伝子をいただいている、とも。
そして、女王陛下自身も、騎士達の遺伝子を等分に合成してお生まれになった、機関君主だと。

そのときはよく意味が分かりませんでした。
ただ、母様が私と血の繋がりがないということが切なく、わけもわからず泣いてしまいました。 小さなイルフォードと母様は血の通った親子で、私だけが違うと。そう言って母様を困らせてしまったことをおぼえています。
あのとき、小さなイルフォードに八つ当たりしたことを、私は今でも悔やんでいます。 可哀想に、「あっちへ行け」と意地悪をする私に、イルフォードはボロボロ泣きながら「姉様、嫌わないで」としがみついてきました。 もっともっと優しくしてやればよかった、と、ふとしたはずみで思い出すことがあります。
もちろん今は、母様が私の母様であることや、イルフォードが私の大切な弟だったことに何の疑いもありません。

しかし、もう1人の私の母、女王陛下のことが心のどこかにずっと大きなものとしてあったように思います。
生まれてから一度もお会いしたことのない、女王陛下。
お顔も、お声も、匂いも、肌触りも、体温も知らない、もう1人の私の母。
いったい、機関君主として、どんなことをお考えになり、私のことをどれだけご存じなのか。 会って、知りたいと思っていました。

母様、これを読んでお気を悪くなさらないで下さい。
繰り返しますが、母様を慕う私の気持ちに変わりありません。母様は私の母様です。 普通の民たちと違い、少し複雑な出生を持つ私の、少し複雑な心情です。 どうか、くれぐれもお気を悪くなさらないで。

いよいよ謁見というそのとき、急になんだか不安になってきました。
女王陛下は、起源王朝の末裔を統べるカプスブリーグ王家そのもの。血の統合の結晶です。 母と会うというよりも、機関君主という重責を担う大変なかたに会うのだと改めて気がつきました。 もしかしたら、私の女王陛下への複雑な心情など、陛下にとってはなんの意味もない小さなことなのかもしれない。
いえ、きっと、そうです。
女王陛下の遺伝子を受け継ぐ地方領主・守護職・騎士は、親衛隊の数よりも多いのです。 母と会うなどという畏れおおい思いは、私の一方的な勘違いでしかないのです。 それが証拠に、陛下は今日の今日まで、一度も謁見をゆるしてはくださらなかったのですから。

私の他にも2人、同時に叙任される従卒がいます。
全員緊張してずっと黙っていました。 他の2人も私と同じ複雑な出生を持つのだから、おそらく同じ気持ちだったのでしょう。
わけもなく、なにか恐ろしい目にあうような気がしてきました。
直前になって、私の女王陛下への不敬な思い違いに気づいたためか、うしろめたい気分にもなってきました。 もしかして、叙任の通達が間違いだったと言われ、取り消されるのではないか。 そんなことまで考えてしまいました。

陛下が現れました。
おもてを上げるように言われましたが、私は緊張で石のように硬くなって女王陛下のお顔を見ることが出来ませんでした。
側に控えた右筆のかたが何か読み上げ、色々な宣言がされましたが、まったく憶えていません。
陛下が剣を抜いて、1人ずつの肩に刀身を置いて誓いを立てさせます。
私の番になりました。
ああ! 母様、そこで私はまたやってしまいました!
マッカサル言葉で誓いを立ててしまったのです!
相変わらず私は気持ちがたかぶるとマッカサル言葉が出てしまいます。
気をつけているつもりなのに、よりによってこんなときに!
他の2人の従卒は、クスクスと笑ってしまい、親衛隊総監は頭を振りました。
咳払いの声の方を見ると、右筆のかたが怖い顔で私を睨んでいます。
…もう、ダメだ。叙任は取り消しだ。この場から逃げ出したい。
そう思ったとき、女王陛下の声がかかりました。

「マッカサル騎士の誓い、確かに聞き届けた」

宮廷語の、とても優しい声でした。
私は驚いて、無遠慮にも陛下の目を見てしまいました。
女王陛下は、私にとても似ていらっしゃる。いいえ、その逆です。私が女王陛下の半分身なのだということが、いまさらながらよく分かりました。 その目は笑みをたたえ、不思議に私の心を安らかにしてくださいます。
そして、陛下はこんなことまでおっしゃいました。
「マッカサルは大変であったろう。そなたの亡き御父君、コニカ・ベルビア卿の忠義をこの身は決して忘れたことがない。そなたがここへ現れるのを待っていた。そなたがコニカ卿とこの身の、相分身であることを誉れに思うてくれているのなら、この身もまたそれを光栄に思うぞ」
確かにこの耳で聞きました。
女王陛下は、父様と私のことを案じていらっしゃったのです!
涙がこぼれそうになりました。

こうして私は無事、騎士に叙任され、第12階梯に踏み出せました。
スタートラインについたのです。
親衛隊上級指揮官から外衛府次官中将まで勤めた父様の最終階梯は第2階梯でしたね。 私は父様を越える立派な騎士になります。 それが父様と女王陛下、そして母様の誉れになるように。
まずはこの喜びを母様と分かち合いたいと思います。

今日は、都に来てから一番幸せな日です。
この気持ちをいつまでも書き連ねていられそうですが、手紙に切りがありませんのでこのへんで。
母様、マッカサルに帰る日も近いと思います。
どうか、お身体を大事に。


コニカ・プロビア
汎カプスブリーグ連合王国親衛隊第12階梯・初年騎士
マッカサル守護職
そして、あなたの娘



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