| 第3話:『届かない、手紙』(前編) |
|
‥‥‥悲しいの? ‥‥‥辛いの? でも‥‥‥ゴメンね まだ、アナタは“その時”じゃないの だけど‥‥‥だけどね 大丈夫だよ キミなら、大丈夫 だって、キミは‥‥‥‥‥ 「‥‥‥何なんだ、俺は?」 目を覚ました俺は、途中で途切れた“夢”に問いかけていた。 今でもこうして、こんな『不思議な夢』を見る事がある。 そしてそれは、俺の“調子”が悪い時が多い。 「‥‥‥こりゃまた、今日も見学かなぁ」 いつにも増してけだるい身体を起こしながら、俺は窓から、澄み切った 青空を虚しく見上げた。 「‥‥‥いっくよ〜!」 コート右側チーム(仮称)中央の彩乃は、小さなスイカサイズのボールを 思いっきり相手コートに投げ返した。 真っ正面から飛んできたそのボールを、クラス一屈強な男子、小林 は受け止められなかった。あんな引け腰じゃ、取れるものも 取れないだろうが‥‥‥ あのスピードは、小学生には確かに『恐怖の対象』だろう。 「男のクセに、情けないよなぁ、まったく‥‥‥」 そう洩らしながら、俺は身体のうずきを止められなかった。 体育、しかもドッヂボール! こんな燃える授業を、どうして俺は見学してなきゃいけないんだっ!? ‥‥‥未だに、俺の“病状”とやらは、良くなかった。 もう何年も、週に1〜2回の通院を続けているのにも関わらず、だ。 だから俺は、病院というものが信じられずにいる。 優しそうに微笑んでくれる、看護婦さんさえ‥‥‥いや、もしかしたら、 俺のこの“病気”が、特別すぎるのかも知れない。 コートの中を縦横無尽に駆け巡る、クラス最強のスポーツ万能女、 彩乃が、俺にはまぶしすぎた。うらやましいというか、なんというか‥‥‥ あっ、また1人、彩乃にぶつけられた! 今度は沢田だよ。 「フン‥‥‥あんなの、俺だったら取れるのになぁ」 「‥‥‥‥フフッ」 俺の悔しまぎれのボヤきに、小さな笑い声が反応した。 その声の主の方に振り返ると、彼女は‥‥‥広田は、顔を赤くして うつむいてしまった。 広田 明日香。 多分、俺に一番“近い”クラスメイト。 体育の授業の見学仲間で、お互い保健室の常連。 一応、欠席だけは少ない俺とは違い、広田はこうして学校で見かける 事も珍しい。 どこがどう、具合が悪いのか‥‥‥それは分からないが、多分俺より 悪いのだろう。 控えめで、おとなしくて、でも笑うと可愛くて。 そんな彼女とは、あまり話す事はない。 でも、今は‥‥‥体育の見学中だけは、別だった。 「その‥‥‥とれると思うから、そう言っただけだぜ」 「ウン、わたしもとれると思うよ、力道くんなら‥‥‥」 ちょっとかすれたような小さな声で、そう返す広田。 「‥‥‥いいんだよ、お世辞なんて言わなくても」 俺がそう言った瞬間、広田は俺の方を向き、興奮気味の赤い顔で言い切った。 「ほ、本当だよ。わたし、本当にそう思うもん!」 「そ、そんなにムキになるなよ、お前の事じゃなくて、俺の事なんだからさ‥‥‥」 「そ、そう‥‥‥だよね」 興奮から、恥ずかしさに。 別の赤みを帯びた顔を、広田はうつむかせた。 いつも彩乃といる俺は、なかなかこういう『女の子の可愛らしい仕草』という ものを見る機会が少ない。 だからこういう状況は、どうにももどかしいというか、苦手というか‥‥‥ 「ま、まあさ、広田がそう思ってくれてるのは、悪い気はしないよな‥‥‥うん」 「‥‥‥フフ、フフフッ」 「アハハハッ」 何かをごまかすように、笑ってしまう。 でも笑った時の広田の顔って、やっぱり‥‥‥おうわぁぁっ!? 俺は思わず、目の前に迫っていた、彩乃の顔におののいてしまった。 「な、な、何だよ彩乃っ!いきなり現れやがって!」 「あ〜ら、お邪魔だったかしら?でもヒロちゃん、随分楽しそうね、体育の ケ・ン・ガ・ク!」 「た、楽しくなんてね〜よ、まったく‥‥‥」 「‥‥‥‥‥‥」 横を向いた彩乃と目が合った広田は、その視線から逃げるようにうつむき、 身体を小さくしてしまった。 彩乃のヤツにも、困ったもんだ‥‥‥ 「‥‥‥‥‥‥」 今日も、広田の席は空いていた。 こうして学校に来ていない事の方が、広田にとっては“普通の事”なのだろう。 でも、それが当たり前の事なんて‥‥‥俺は何ともいえない、寂しさを感じた。 ただ、いつもと同じように、1つ空席があるだけなのに。 「‥‥‥おやおや、ヒロちゃん。広田さんの事が気になるのですかな?」 「う、うっせ〜よ!大体なんだよ、お前。最近広田の事で絡んできてさ‥‥‥ あっお前、俺の事が好きなんだろ?」 「‥‥‥‥‥!!」 いきなりの衝撃。 彩乃の右拳が、俺の後頭部に痛烈な痛みをもたらしたのだった。 担任の吉永センセイが教室に入ってくるのと同時に、彩乃はパッと自分の席に 帰ってしまった。 俺は痛みのひかない頭を抱えながら、机につっぷしていた。 「あら‥‥‥力道くん、具合でも悪いの?保健室に行く?」 「い、いや‥‥‥平気‥‥です」 キッ!と横目で彩乃を睨むと、小さく舌を出していた。 クソッ、後で覚えてろよ!! 吉永センセイは、ホームルームを始めてからも、ずっと俺の方を見ていた。 やっぱり心配してくれてるのかな‥‥‥そんな気がした。 でもその複雑な表情の奥に隠れたセンセイの気持ちを、この 頃の俺は、まだ理解できなかった。 「‥‥それでは、これで今日のホームルームを終わります。それから‥‥‥ みんなに1つ、残念なお知らせをしなくてはなりません」 またもチラッと、俺の方を見てから、センセイは言った。 「広田さんですが‥‥‥急に転校する事になりました」 クラス中が、静かなざわめきに包まれた。 そして誰もが、今日唯一の空席に、目を向けた。 しばらくして、女子の1人がセンセイに言った。 「転校って、いつ転校しちゃうんですか?明日は 学校に来るんですか、広田さん」 「‥‥‥昨日ね、転校しちゃったのよ」 吉永センセイのその一言が、俺に与えたショックは‥‥‥自分でも想像 できなかったくらい、大きかった。 「‥‥‥‥‥‥」 「‥‥‥それじゃまたね、ヒロちゃん」 「‥‥‥あ、ああ」 家に入っていく彩乃を、俺は呆然と見つめていた。 下校の時、さっき殴られた仕返しをしてやろう、そう思っていたはずなのに。 突然、いなくなってしまった、広田。 そんなに仲が良かったワケでもないのに、話した事も少ないのに。 ただ、保健室でよく顔を合わせたり、一緒に体育の授業を見学したり。 それだけ、本当にそれだけなのに。 “同朋”を失った‥‥‥そんな感じなんだろうか。 そんな自分らしくない事を考えながら、俺は力なく階段を昇っていった。 「‥‥‥雨かな」 パラパラと、窓ガラスにぶつかる微音。 その音が鳴り響く中、俺はアパートを飛び出した。 もう夕刊が来ている時間だからだ。 雨で濡れる前に、階段下にあるポストから取ってこないと‥‥‥ 全8室分のポストは1階、階段下に密集している。 その中の少し汚れた文字で『力道』と書かれたポストから、俺は半分 以上が突っ込まれていた新聞を取った‥‥‥それと一緒に何かが落ちる。 「何だろ、これ‥‥‥」 一通の封筒、そしてそこに書かれた名前。 それを見た時、俺は自分の目を疑った。 母ちゃんではなく、自分の名前が書かれた封筒。 そして、その裏に書かれた送り主。 その名前を、俺は声にしていた。 「広田‥‥‥明日香?」 (第3話:完) |
| ++ 次のストーリーに進む ++ |
| ++ 前のストーリーに戻る ++ |
| ++ Novelトップに戻る ++ |