| 第4話:『届かない、手紙』(後編) |
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突然送られてきた、広田からの手紙。 その手紙は、間違いなく彼女からのものだった。 『こんにちは、力道くん。いきなり手紙なんて送って、ゴメンね。 でも、お別れも何も言えずに、転校しちゃったから‥‥‥ わたし、一番いっぱいお話したの、力道くんだったから』 そんな出だしで始まった手紙には、広田が病気の療養の為に 転校した事、小さな町だけど海がとってもきれいな事、海岸に 大きな病院がある事‥‥‥そんな他愛ない事が書かれていた。 俺はそれを読みながら、少しホッとして‥‥‥ちょっぴり残念にも思った。 転校した女の子から、突然手紙が届いたんだ。 なんていうか、その‥‥‥ガラにもなく、ちょっとだけ“何か”を期待して しまった。 時折、本当に時々しか見られなかった、広田の控えめな笑顔。 何故か俺は、それをハッキリと思い出す事ができた。 手紙は1通だけでは終わらなかった。 その後も週に1通ずつ、決まって毎週火曜日に届いた。 いつも月曜日の日付の消印が押されているのからして、日曜日に 手紙を書き、投函してくれているんだろう。 そして俺の方は、返事を‥‥‥書かなかった。 何となく書きづらいというか、何を書けばいいのか分からないというか。 だからもう、この手紙で最後だろう。 いつもそう思いながら、俺は広田からの手紙を読んだ。 いつしか、火曜日を待ち遠しく思いながら。 『今週は3日も学校を休んじゃったの。いつも元気に学校に行っている お姉ちゃんがちょっとうらやましいな。週末にお母さんと病院に行って きたけど、注射を2本もされて、少し泣いちゃった。 力道くんだったら、注射くらいじゃ泣かないよね』 『今日は朝から調子が良かったから、お母さんとお姉ちゃんと海に 行ってきたの。まだ水が冷たかったけど、何だか気持ち良かった。 もうちょっと暑くなったら、今度は海水浴に来たいな。 水着も、新しいのを買いたいし』 『昨日の夜から、少し咳が止まらない。なかなか寝られないので、 この手紙を書いています。力道くんは、元気ですか?私みたいに、 辛くて眠れない夜はありますか?』 『突然だけど、入院する事になりました。最近は調子が良かった のに‥‥‥でも、看護婦さんも佐竹先生も、同室の千鶴ちゃんも みんな優しくて良い人ばかりです。千鶴ちゃんは折り紙が得意みたい なんで、今度教えてもらおうかな』 ‥‥‥それはまるで、日記のようだった。 俺がちゃんと返事を書いていたら、まるで『交換日記』だ。 広田は、遠く離れている俺に、自分の毎日を伝えるように、手紙を送り 続けてくれた。でも今週の手紙を読んで、俺は心配に思った。 「入院‥‥‥か。ヤダよなぁ、病院は」 「んっ、ヒロちゃん、入院するの?」 「違うよ、俺じゃねぇよ。俺じゃ‥‥‥」 「‥‥‥??」 俺の顔を覗き込むようにしながら、彩乃はニッコリと元気な笑顔を見せた。 「もしもヒロちゃんが入院したら、ワタシ毎日お見舞いに行ってあげる からねっ!」 「‥‥‥んっ?」 いつも通り、火曜日に届いた手紙。 だが、はさみで封を切ったそこから最初に出てきたのは、何かの“花”だった。 『千鶴ちゃんから、あやめの折り方を教えてもらったの。上手にできたかな? 千鶴ちゃんはまだ他にも、いろんなものが折れるんだって。今度手術が 終わったら、他のものも教えてもらわなきゃ。そしたらまた、力道くんに送ります』 その手紙を読み終えた俺は、ただ1つの単語が気になってならなかった。 手紙の内容など、完全に頭から抜けていた。 俺は折り紙で折られた“あやめ”を握りしめていた。 「手術って‥‥‥何だよ」 返事を書こうと、何度も鉛筆を握りしめた。 でも何も書けず、ただ日々が過ぎていく。 もう数日すれば、次の手紙には、きっと書いてあるはずだ。 手術って何なのか、どんな手術なのか‥‥‥別に俺が、そんなに心配する ようなものじゃないって事が。 でも、火曜日‥‥‥広田からの手紙は、来なかった。 「‥‥‥‥‥」 今日も、空。 ポストの中には、ダイレクトメールの1つも入っていない。 もちろん、広田からの手紙も。 降りしきる梅雨の雨の中、俺はただ、何も入っていないポストを、 見つめ続けた。 見ていても、このままポストを見つめていても、何も変わらない‥‥‥ いつしか俺の両足は、うずくように震えていた。 ‥‥‥大丈夫? 苦しいよね、辛いよね でも、もう大丈夫だよ キミは‥‥‥キミは、大丈夫だから 薄暗い、闇。 狭い部屋と、見なれた天井。 そして、俺を心配そうに見下ろしている、母ちゃんと彩乃の顔。 彩乃は、目を開けた俺の顔を、驚いたままポカンと眺めていた。 だがやがて、積が崩れたように大粒の涙を流しながら、俺に抱きついてきた。 しっかりと、まるで俺の存在を確かめるように‥‥‥ 俺は‥‥‥自分の気持ちを抑えきれなかった。 大きな黒いコウモリ傘を手に、雨の降りしきる町へ飛び出していった。 そう、広田のところへ行く為に。 手紙の返事さえ、1通も書かなかったのに。 そんな当たり前の事さえしなかった相手に、俺は会いに行こうとしたのだ。 会って、話したかった。 どうして、急に手紙を送ってくれなくなったのか。 そして‥‥‥そして。 他にも、何でもいい。とにかく、広田と話したかった。 声が聞きたかった、姿を見たかった、存在を実感したかった‥‥‥ どこまで、俺は行ったのだろう? 広田に会うどころではなかった事は、覚えている。 彼女の手紙の入っていた封筒を、俺が今、行かなきゃいけない場所の 書かれたそれを握りしめながら、雨でぬかるんだ道をひたすら走っていた。 だんだん息が苦しくなって、頭が痛くなって、心臓がドクドク高鳴り出して、 ほてった身体が急速に冷え始めて。 どことも分からない場所で、俺の意識は途切れた。 冷え切った泥の中に、ただ身体を横たえる事しかできなかったんだ‥‥‥ ‥‥‥翌日。 俺はお見舞いにきてくれた彩乃に、全てを打ち明けた。 広田の手紙の事。 彼女が手術をする事。 突然手紙がこなくなった事。 そして俺が、そんな広田に会いに行こうとした事を‥‥‥ 彩乃は何も言わなかった。 ただうつむいて、俺の話を聞いていた。 そんな彩乃を見ていた俺は‥‥‥口から、失意の声を洩らしていた。 「あのさ、彩乃‥‥‥俺もさ、死んじゃうのかな?」 「ヒロ‥‥‥ちゃん」 「なぁ‥‥‥やっぱりさ、俺もこのまま治らないで、死んじゃうんだろ? そうなんだろ!」 心のどこかで、悟っていた。 広田は多分もう、ここにはいない。 俺や彩乃と、同じ世界には。 こことは違う、どこか別の世界に行ってしまったんだ‥‥‥ 俺の父ちゃんが先に行ってしまった世界に‥。 そして俺だって、そう遠くない日にそこに行く。 俺も、広田と同じなんだ。 もうこの病気は、ずっと治らない‥‥‥ 突然、俺の身体が温もりに包まれた。 それは彩乃の温もりだった。 彩乃はボロボロ泣きながら、しがみつくように俺を抱きしめた。 昨日の夜と同じように‥‥‥いや、それよりももっと、強く。 「ヒロちゃんは‥‥‥ヒロちゃんは、死なないもん! ぜったい死んだりしないもん!」 「あや‥‥‥の‥‥」 「ヒロちゃんはね、ワタシとケッコンするんだから‥‥‥だから、 だから‥‥‥死んだりなんて、しないもん‥‥‥」 「‥‥‥ぅ‥‥っ」 いつしか、自分でも気づかないうちに、俺は泣いていた。 彩乃の腕の中で、まるで幼い子供のように。 泣きたくない、泣きたくなんてない! でもどうしても、俺は自然と溢れ出る涙を、堪える事ができなかった‥‥‥ (第4話:完) |
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