| 第5話:『ずっと・・・2人で』(前編) |
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「‥‥‥‥んっ?」 窓から射し込む早朝の薄陽に、俺はけだるい身体をゆっくりと起こす。 最近は、こんな目覚めが多い。 何というか、スッキリ目覚めるんじゃなくて、寝ている事に疲れて、 無理矢理起こされるような感覚。 こんな感じは‥‥‥あの夢を見なくなった頃から、始まったんだ。 白く柔らかな光に包まれた、静かな世界。 そこで俺に呼びかけてくる、優しさに満ちた声。 あの夢を見た後は、何となくだけど気持ち良く起きられたような気がした‥‥‥ 「‥‥‥ま、近頃はそれほど悪くない気もするけどな」 そんな独り言を呟きながら、俺は再び布団の中に舞い戻った。 目は覚めたが、まだ全然眠いのだ。 時間は大丈夫だし、このまま今しばらく‥‥‥zzz バンバン、バンッ! まるで鉄板をブッ叩くような轟音が、心地良い眠りに入りかけた俺を 呼び起こした。かなり強烈な力で、鉄製のドアを叩いているんだろう。 「うぅっ‥‥‥チャイム押せばいいだろうが、チャイムを!」 ドアの向こうにいるであろう彩乃には、この声は届かないだろう。 この音こそ、あの穏やかな夢になり代わった、俺の新たな『目覚まし時計』 だった。 「ほらヒロちゃん、ちゃっちゃと歩く!」 「いいじゃねぇか、別に遅刻するワケでもないしさ‥‥‥うぅっ」 「どうしたの、ヒロちゃん! もしかして“また”具合が悪いの?」 慌てた声で、うつむいた俺の顔を覗き込む、彩乃。 だが俺は、その彩乃の顔を押しのけて、言ってやった。 「眠いだけだっつ〜の! お前があんな早くに起こしに来たからだろっ!」 「だ、だってママが『ヒロくんの分の朝ご飯も作ったから、呼んでらっしゃい』 って言うから‥‥‥」 まだどこか心配そうな彩乃に、俺は声のボリュームを整えて、静かに言った。 「‥‥‥まっ、身体の方は大丈夫みたいだからさ、最近」 「‥‥‥‥‥ウン」 ‥‥‥いつからだろうか。 多分、小学6年の頃からかも知れない。 彩乃が何かにつけ、俺の世話を焼くようになったのは。 朝起こしに来たり、俺の体調を気遣ったり、病院や保健室についてきたり。 ‥‥正直、俺は恥ずかしくてたまらなかった。 周りからは、あれこれ冷やかされるし。 そしてそれは、中学に入った今でも変わらず‥‥‥でももしかしたら、 最近それほど不調を感じないのは、コイツのおかげかも知れない。 なんて事とか、ちょっと考えたりする事もあった。 「‥‥‥ちょっとヒロちゃん、聞いてるの?」 「えっ、あっ‥‥‥何の事だっけ?」 「高校に入ったら、すぐに免許取ろうかなって話! 聞いてなかったでしょ?」 「ああ、全然‥‥‥でもどうして、免許なんか取りたいんだ? お前には鍛え抜かれた、その『黄金の脚』があるだろ」 「もぉ‥‥‥いい!」 プンッ、と頬を膨らまし、つかつかと先を歩き出す彩乃。 そんな彩乃を呼び止めようとした俺に、冷やかしの声が投げかけられた。 「下校中だっていうのに、通りの真ん中でも夫婦ゲンカしてるよ。 見せつけてくれるね〜、ヒロキくん」 「まあそう言うな、小林。コイツらはもう、子供の頃から親同士が決めた 許嫁なんだからさ」 「えぇっ、それホントなの、西の森クン?」 「ホントもホント、コイツらと同じ学校にいた連中、みんな知ってるぜ」 同じクラスの小林、西の森、それから女子の橘は、当人である俺を 放っておきながら、ワイワイと雑談を続けた。 だが俺は、小さくため息をつきながら、何も言い返さなかった。 「あ〜あ‥‥‥アイツら、よくも飽きずに毎日おんなじような事ばかり 言ってるよな。なぁ、彩乃」 先に行ってしまった彩乃に、俺はつい呼びかけてしまった。 だが彩乃は、何故かそこに立ち止まっていた。 ゆっくり振り返ったその顔には、もうさっきまでの不服色はなかった。 そして‥‥‥彩乃らしくない、静かな声で呟いた。 「ね‥‥‥ヒロちゃん」 「あ、あのな、彩乃。あんなバカ連中の言ってる事なんか気にするなよな。 俺はぜ〜んぜん気にしてなんかだな‥‥」 「‥‥ワタシたち、ちゃんとお付き合いしようよ?」 「‥‥‥‥‥へっ?」 まったく、予想もつかなかった一言。 その言葉を発した彩乃の顔が、遠い日に見た顔と重なった。 泣きじゃくりながら、俺に『ケッコン宣言』した時の、彩乃の顔と。 俺の心臓は、いつしか勝手にドクドク鳴り響いていた。 ‥‥‥翌日、俺は自分でも意外なほど、あっさりと彩乃に返事をしていた。 夜遅くまで、なかなか寝つけなかったにも関わらず。 ある意味、当然の事みたいに思えてしまっていた。 彩乃にとっての俺は、どんな存在なのかよく分からない。 だが俺にとっての彩乃は、拒むような存在じゃない。 これまでも、そしてきっとこれからも、こんな風に側にいる‥‥‥ そんな関係なんだ。だからこそ俺は、戸惑う事も、それほど 恥ずかしがる事もなく、言えたのだろう。 『とりあえずさ、付き合ってみようか』と‥‥‥ だが、俺が自分で言ったその言葉には、信じられないほどの “魔法”がかかっていた。いつもと同じ日々のはずなのに、 何かが違っていたのだ。 同じように、隣りを歩いている、彩乃。 そんな彩乃が、違って見えた‥‥‥ある意味、別人に思えるほどに。 彩乃の態度や仕草も、少し変わったように思えた。 でもそれ以上に、俺の彩乃を見る目が、変わってしまったみたいだ。 いつだって側にいたのに、どうして俺は気が付かなかったんだろう。 彩乃が‥‥‥こんなに可愛らしい存在だったという事に。 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」 おととい、彩乃と付き合う事を決断してから、俺たちの間の会話は 明らかに減っていた。それでも、別に気まずい雰囲気というワケでもない。 俺は彩乃の方を見ないようにしながら、独り言のように呟いた。 「あ、あのさ‥‥‥明日、日曜日だよな」 「そ、そうだね‥‥‥ウン」 いつもの彩乃だったら『そんな当たり前の事、聞かないでよね』と 笑っているだろう。でも、受け答えにも、どこかぎこちない。 こういう事は、男から‥‥‥男の俺から言わなきゃいけない。 誰かに聞かれたら、古臭いとかバカにされそうだ。 しかし俺の中には、未だにあの父ちゃんの教えが、染みついているのだろう。 俺はさっきから握りしめていた拳に、決意を込めた。 俺は男なんだ‥‥‥男だから‥‥‥‥‥ 「あ、あのさ、彩乃‥‥‥せっかくだからさ、明日してみないか?」 「するって‥‥‥何を?」 「いや、その‥‥‥デート、とか‥‥‥さ」 俺を迎えに来た彩乃は、今まで見た事もないくらい、嬉しそうだった。 いつも見ている服より、どことなく女の子らしい服を着ていた。 こんな彩乃と、デート‥‥‥今からデートに行く。 俺は嬉しいような、でもどこか複雑な気持ちで、支度をするのだった。 一応、コースは俺なりにいろいろ考えた。 街中をブラついて、駅前で映画を見て、展望レストランで食事して。 予算不足とか、いろんなトラブルがあったおかげで、俺はあたふた してしまった。おかげで、最後に向かった中央公園は、もう閉館していた。 空は薄赤い夕暮れに染まり、もうすぐそこに夜が迫っている事を訴えていた。 ちょっと残念だけど、もう帰ろう‥‥‥そう思い、閉じられた公園 の正門から、振り返ろうとした時だった。 しなやかな動きで、彩乃が正門に飛びついたのだ。 「‥‥‥入っちゃおうよ、ヒロちゃん!」 夜の、公園。 静かで、俺たち以外は誰もいないような気がする‥‥‥とはいえ、 ついさっき、警備員に見つかりそうになったばかりだが。 それでも、樹の生い茂った公園の奥に進むと、やがて辺りの 視界が開けていく。一面、広大な星空があった‥‥‥余計な光などない、 ただ星だけが明るく光る空が。俺と彩乃は、いつしか芝生に寝転び、 一緒にその夜空を見上げていた。 「‥‥‥‥‥‥‥」 「‥‥‥‥‥‥‥」 「‥‥‥‥すごいね」 「‥‥ああ、そうだな」 「夜の空、こんなにキレイだったなんて‥‥忘れてた」 「‥‥そろそろ帰るか?」 「うん、そうだね。明日はワタシ、日直だし、遅刻できないもん」 「‥‥もうちょっと気のきいた話題はないのかよ?今日はさ」 「‥‥初デートだもんね。ゴメンごめん!」 「まあ、俺達だとこんなもんだろ」 「そうかもね。ハハハッ!」 「んじゃ帰ろうぜ!あんまり遅いとさ、お前も怒られるだろ?」 「ねっ、ヒロちゃん」 「んっ?」 「今日は楽しかった‥‥ありがと」 帰り道‥‥再び彩乃は、ニコニコしながら言った。 「‥‥‥今日は楽しかったなぁ。ホントにありがとね、ヒロちゃん」 本当に楽しいと思ったのだろう。 それはそれで嬉しかったが、男として今日、ちょっとカッコ悪かった。 「別に‥‥‥礼なんて言うなよな。レストランじゃ、お前に金借りちゃったしさ。 情けないったら‥‥‥えっ!?」 「‥‥‥えへへっ」 俺は自暴自棄な言葉を止め、彩乃のはにかんだ笑顔を見つめていた。 彩乃はいつしか、俺の手を握っていたのだ。 「このまま‥‥‥このままね」 「‥‥‥‥‥」 「このままず〜っと‥‥‥一緒にいられたらいいね、2人で」 「‥‥‥‥‥‥‥‥」 俺は、彩乃を見つめた。 そこには、今までと明らかに違う、彩乃がいた。 好きとも違う、楽しいとも違う、初めて味わうような気持ち。 それをなんとか、言葉にしたかった。 でも俺の口からは、何の言葉も出てこない、見つけられない‥‥‥ 俺はただ、自分の指に力を込めた。 それだけが、やっとだった。 しっかりと、離さないように‥‥‥俺は彩乃の手を握りしめた。 少し冷たいその手が、やがて互いの温もりで満たされていく。 こんな気持ちが‥‥‥幸せ、なんだ。きっと。 (第5話:完) |
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